ごとう先生のつぶやき

2012.02.28更新

今日法務局に行った時に、登記相談に来た方の会話が聞こえてきました。

「申請書作ったり、書類揃えるんだって」

恐らく、法務局で相続か何かの登記相談を受けたのでしょう。
しかし、自分で申請書や必要書類を作ったりしなければいけません。
司法書士にとっては、当たり前でも一般の人にはかなり面倒で難解だと思います。
なんども法務局に足を運んで指示を受けて。。。

法律が絡む話もありますので、ご心配であれば、一度司法書士にご相談下さい。
相続登記にしろ、会社登記にしろ、登記の専門家は、司法書士になります。

平成24年2月28日

投稿者: ごとう司法書士事務所

2012.02.27更新

何か人生の目標がある人って、素晴らしいですね。
人って、結局、それを探して成し遂げるために生きているのかなと思うときがあります。

何となく生きて、何となく幸せな生活を送り、そして、何となく死んでいく。
多くの人の人生って、そうなのかもしれませんが、それだけではどこか物足りない気もします。
何か自分の足跡を残したいというか、生を受けた意味を見出したいというか。
よく「一度きりの人生だから」と言いますが、単純に欲望や快楽を求めるだけではさみしい気もします。
一度でもそこに何か疑問を感じてしまうと、立ち止まらずにいられません。

人に役立つ研究に人生をかける人、スポーツを通して社会貢献をしようとする人。
自分の人生をかけてまで頑張れる何かを見つけている人って、うらやましいですね。

平成24年2月27日

投稿者: ごとう司法書士事務所

2012.02.24更新

先日読んだ本に、こんな内容のものがありました。

「いつでもゲームセットは自分で決める。
何かやろうと決めたら、それが高ければ高いほど当然努力が必要。 できない理由を探すなら頑張れる理由を探すべき。そうしてひとつひとつ何かを達成できたとき、自分を信じられるし、自信がつくんだと思います。 いくらできない理由を見つけて人に言い訳できても、自分自身には嘘がつけないから。」

近くにこんな頑張り屋さんな人がいたら、自然に影響を受けて、頑張れそうですね。
そういう人には、それに合った人が集まってくるんでしょうけど。

生きていると、自分と向きわなければならない時って、誰にでもあると思います。
でも、人の価値ってこういう時に分かるものかもしれませんね。

改めて、諦めないことの大切さを教えてもらった気がします。

平成24年2月24日

投稿者: ごとう司法書士事務所

2012.02.21更新

今週は暖かいですね。
でも週末は寒くなるようですので、気をつけましょう。
私の周りでも風邪をひいている人が多くいます。

知り合いの税理士さんは確定申告で忙しい時期に大変そうです。
風邪をひいてなくてもマスクをしています。

緊張感をもって仕事をしているうちはいいでしょうけど、ふと気が緩んだ時に何か病気になっちゃいますよね。
私も経験があります。

かといって、ずっと緊張しっぱなしでも体がもたないでしょうし。
病気の時は、神様がくれた休息だと思って、休んだ方がいいですね。

平成24年2月21日

投稿者: ごとう司法書士事務所

2012.02.20更新

先週、遺産分割調停の研修を受けに行きました。
とても参考になりました。

やはり思ったのは、裁判までとことんやるとのは大変だなと。

相続人の間で感情的になることが多いでしょうけど、費用や時間の負担を考えると。。。
一度、冷静になって第三者の意見でも聞いてみるのもいいかもしれません。
亡くなった方の顔を思い浮かべながら。

裁判は一般的に言われるように、手間のかかる手続きです。
調停で話をつけるぐらいならいいですが。
それに納得できずに裁判をするとなると、覚悟が必要です。

ご参考までに。

平成24年2月20日

投稿者: ごとう司法書士事務所

2012.02.17更新

たまにこんな相談があります。

「司法書士から遺産分割協議書が送られてきたけど、実印を押しても大丈夫ですか。」

相続人のどなたかが家や土地の相続手続きを司法書士に依頼したんでしょうけど、他の相続人には知らされていなかったんでしょうね。驚いて心配しても無理ありません。

基本的には、遺産分割の内容に納得できないなら押印すべきではないでしょう。
ただし、話が平行線をたどれば、裁判沙汰になるかもしれません。
相続人の方同士でそれをどのように考えるかだと思います。

急いでいなければ、押印を拒否すればいいだけの話ですし。
任意での話し合いの段階ですので、送られてきた遺産分割協議書に押印しなければならない義務はありません。
押印しなければ、何かペナルティがあるわけでもありません。

とはいっても、ご心配でしょうから、不安に思われましたらお気軽にご相談下さい。

平成24年2月17日

投稿者: ごとう司法書士事務所

2012.02.14更新

私が自分から勉強をするきっかけになったのは、小学校で風邪で休んだときに、休んだ後れを取り戻すためにたまたま先生から勧められてやった宿題のようなものでした。
これは、自分で何か問題を探してきて問題と回答をノートに書き、それを先生に提出して添削してもらうものでした。
問題の素材は、市販の問題集でも何でもよかったと思います。

大げさなようですが、あのときに何も行動しなかったら、大学にも行ってなかったかもしれません。
それまでは勉強なんてほとんどしていなかったので。
それ以降、勉強する楽しさというか、努力をして頑張れば結果はついてくるということを自覚できた気がします。
自分の中で、努力すれば願いは叶うというイメージができるようになったように思います。

きっかけなんてそんなものですよね。そのときの自分の受け入れ体制できまるというか。
そう考えると、常に前向きな気持ちでいれば、きっかけは掴めるんだろうなって思う半面、人の人生って その程度のものなのかなとも思います。

たまたま綺麗な容姿で生まれたり、運良く頭の回転が早い人間だったり。
でもその偶然が人の人生に大きな影響を及ぼします。
後発的に努力出来るにしても限界もある。そういう意味では人生は不平等だと思います。

だとしたら、偶然はあるにしても、今ある 環境で努力して人生を楽しむことを考えた方が賢い気がします。
今与えられた人生を楽しめない人は、きっとどんな人生でも満足できないと思います。
希望通りの人生が与えられても、不満を見つけては文句を言うんでしょうね。

平成24年2月14日

投稿者: ごとう司法書士事務所

2012.02.13更新

ある登記申請で大事な書類を添付したとします。

その時原本還付という書類を返還してもらう手続きをしないと、原本を提出したものとして、それを返してくれません。
住民票など何度でも取得できるものはそれでも構いませんが、そうでない書類(権利証など)を原本還付しないで提出すると、えらいことになります。
例えば、変更登記や更正登記登記申請のときです。

法務局に登記相談に行って、言われた通り登記申請したら権利証が返ってきなくて、後日売却する時に困った。
こんな話をたまに聞きます。
正直、権利証がなくても家や土地の売却登記は可能ですが、別途費用がかかります。
その際、代わりに司法書士が本人確認をしています。

やはり、登記手続きは専門的です。
また、不動産という高額な財産に関することですから、間違いが許されません。

自己責任の時代ですから、行政が行う相談には、一定の限界があると思います。
形式的な手続きについては、教えてもらえるでしょうが、実質的な問題にまで踏み込んで回答をもらえる保証はありません。
担当者によって、受けられるサービスに差がありますし。
利用者もそれを承知した上で、利用した方がいいでしょう。
登記申請を市町村への住所変更届けのような感覚で行おうとすると、取り返しのつかないことになるかもしれません。

ご参考までに。

平成24年2月13日

投稿者: ごとう司法書士事務所

2012.02.07更新

昨日の話の続きです。

教科書通りの正しさをすべて実践できるほど人って強い生き物でないので、ジレンマを感じます。
そこが人間らしさかもしれませんが。

いろいろな相談を受けていていつも思います。
「法的には○○です。」と言えば、簡単だなって。

でも実際は、法律ですべてが解決するわけではないので、実際問題として、どうすれば問題が解決するのか。
法律なんて振りかざさない方がいい場合だってあります。
法律を振り回せば、必要以上に周りの人を傷つけることだってあると思います。

法律を扱う実務家はそこが腕の見せ所なんでしょうね。
いつもそこで頭を悩ませています。
もっと勉強しないと。

平成24年2月7日

投稿者: ごとう司法書士事務所

2012.02.06更新

今日は先週に引き続き朝一で大口町の方に仕事で行ってきました。

先日、ある相談者の方から帰り際に一言言われました。
「先程おっしゃった、子が親の面倒をみるのは当たり前という言葉がなるほどと思いました。」

相続でよく問題になるのが、自分は生前親の面倒を見たのだから相続分は多くて当たり前だという主張です。
人って、そんなに強い生き物ではありませんから、どうしても何かしたことに対して見返りを求めてしまいます。
親の世話とはいえ、独立して世帯をもちながら親の手助けをすることは言うほど簡単ではありません。
配偶者や子供の協力も要ります。

相続人のうち、誰か一人でも上記の感覚でいると、どうしてもそんなことを思っていない他の相続人もその感覚にひっぱられて、無償の気持ちが薄れてしまいます。
しょうがないですよね。
「だったら俺だって・・・」となってしまいますから。

法的には、常識的な親の世話を寄与分として相続分に反映することは実際難しいと思います。
よほどの寄与がないと、なかなか評価されません。
そういう意味では、「子が親の面倒をみるのは当たり前」と言えます。
面倒を見れる人がみればいい。

自分が子供の頃にしてもらったように、無償の気持ちで親の面倒をみる。
大変ならヘルパーさんなどの力を借りて、可能な範囲で最期を看取ってあげたいですね。
頭では理解できても、気持ちの部分で体がついていかないことが多いと思いますが。。。

平成24年2月6日

投稿者: ごとう司法書士事務所

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